パッシブ換気事始めその1(2024. Aug.)
繪内 正道、北海道大学名誉教授、パッシブシステム研究会前理事長(顧問・理事)
年号が昭和から平成に変わった頃、カナダ国立研究所・建築研究所(Institute for Research in Construction/National Research Council, Canada、以後IRC/NRCと略記)に留学し、多数室の換気量測定の研究に取り組む事になりました。在外研究の申請課題は『積雪寒冷地における大空間の熱対流に関する研究』でしたので、結局、IRC/NRCでは多数室換気の解析を、週末は独自に大空間の熱対流を念頭に置いたアトリウム等の環境調査をと、ニ足草鞋の如き事態に、四苦八苦したのですが、バックグラウンドが隙間風の多い建物で、温度むらの大きい空間での生活履歴にあるか、反対に気密性に富んだ建物で、温度むらの少ない空間での生活履歴にあるか、の違いを知る意味でIRC/NRCのVentilation and Air Movementでの協働研究者:Dr. C.Y. Shawの機械換気と自然換気に対する思いを紹介します。Dr. Shawに熱対流換気(自然換気)を紹介した所、「近代建築には空調は必須で、春秋の内外温度差の少ないシーズンをよしんば熱対流換気に頼っても、不完全な気密であれば、systemは破壊される、中間期もfanの方が、容易かつ安価」と言われました。一面開口+上方開放 (high side opening) を事例にして熱対流換気の効用を力説したのですが、Dr. Shawに「それはarchitectの仕事だ」と一蹴されたのです。
道産子にとっては耐えがたい程に蒸し暑い京都の夏、汗みずくになって取り組んだ町家の環境調査から、床付近に存在する冷気の積層と、涼感を誘う居住空間の気流動は、上方開放によって生成される事象として見出す事が出来ました。在外研究に赴く前は、これを応用した『開放冷房の可能性』を国際会議等で問うている最中でしたので、Dr. Shawに食らった一蹴は、私にとってかなり心理的に大きな重圧になった、とも言えるでしょう。
床冷房を採用したオフィスのハイサイド窓を開放すると、人体や事務機器等からの温気が排出され、冷外気が流入します。その流入量が必要換気回数を満たし、居住域の冷気の積層を損なわなければ、冷房負荷の増大は避けることが可能です。
石油危機当時の、ストーブ暖房した居住室における天井付近温度30℃、床付近温度10℃と言う程に劣悪な温度環境(上下温度分布)は、高断熱高気密住宅の普及によって解消されました。高断熱高気密になると、夏期にこの上下温度分布(冷気の積層)を上手に利用して、居住性と換気量の確保が可能になります。一般に、冷房時は『窓を閉めよ』が鉄則ですが、1F居室を27℃に冷房し、30℃を大きく超える2F居室の窓を開放し、温気を排出すると、先の紹介事例の様に、1F居室の温度環境を損なう事無しに開放冷房が実現します。アースチューブを採用した我が家でも、近年の暑さには堪え切れず、一昨年にクーラーを設置しましたが、今夏も排気塔窓を開放した1F冷房を実践しております。